今からちょうど500年前、膨張し形骸化した宗教を信仰の手に取り戻す運動が始まった。やがてその大きなうねりは国を越えて、人々は金ではなく信仰によって救われることになったのだとヘルダー教会は語ってくれる。この教会が持つ記憶を、記号化された都市の姿《鏡の街》として顕現させたいと思う。そこでは、あるいは文化、あるいは芸術、あるいは都市の姿そのものが堆く構築されまた解体される。そしてまた次の何かを構築するためにうごめき続けるのである。鏡の街で起こる出来事はそのまま私達の生きる世界にかつてあり、今あり、これからもあるだろう。果たしてこの律動は、私達が押し流されていく明日をどう変えていくのだろうか?




